月曜日, 5月 29, 2006

6月1日 BeGood Cafe

Gen JPG

5月21日、東京でBeGood Cafeに出演しました。プロデューサーのシキタ純さんから、BeGood Cafeを今年からもっと社会性の高い方向に持って行きたいので、ついては海外情報のようなものを定期的にやって欲しいと依頼されたからです。結局、ワールドレポートというタイトルで10分のセクションをいただいて日本のメディアでは流れないような海外最新情報を語ることになりました。とは言っても、世界のニュースを10分間で話せるわけはなく、今回はアメリカの政局を中心にして、ブッシュ政権の支持率低下と反ブッシュの動き、NSA(国家安全保障局)の電話盗聴事件、同性愛結婚問題などを手短に説明しました。コンピュータ・マスターのダミアンが映像とサウンド製作をやってくれたので見応えのあるリポートになったと思います。ブッシュ大統領を弾劾しようという動きは以前からありますが、歌手のニール・ヤングの「大統領を弾劾しよう」という最近発表された曲が、ニューヨークタイムズの論説でも取り上げられるほど話題になっているので、まずこれを聴いてもらいました。
歌詞はこんな感じです。

Let’s Impeach The President!
http://www.neilyoung.com/
「大統領を弾劾しよう!」
大統領を弾劾しよう
嘘を口実に戦争を始め、権力を濫用し、我々の金を垂れ流した
犯罪人を雇い、ホワイトハウスは闇に隠れている
兵士を戦争に送り出す理由のために、事実を曲げた
市民をスパイし、あらゆる法を犯し、コンピュータと電話を盗聴させた
宗教を選挙に利用して、国を人種別に分け隔て
黒人は無視されたままだ
大統領を弾劾しよう

ニール・ヤングが昔いっしょに組んでいたグループ、Crosby, Stills, Nash & Youngがこの夏再結成して全米ツアーを行うそうです。ニールはどちらかというと保守的な共和党支持者だったのですが、イラク戦争開始以来だんだん考えが変わって、ある日旅先で何気なく手に取った新聞に負傷したアメリカ兵士たちが改造されたボーイングジェット機内の病室で治療されている写真を見て「切れて」しまいました。もうこれ以上ブッシュに大統領を続けさせてはいけない、と作曲したのがこの歌です。

最後はビートルズの曲の替え歌「決定者」で締めくくりました。元曲はMagical Mystery Tourアルバムの「I am the Walrus」です。ルイス・キャロルの「不思議な国のアリス」をヒントにジョン・レノンが作詞作曲されたとされるこの曲をじつにうまく替えていると思います。

The Decider By Paul Hipp
http://decider.cf.huffingtonpost.com/
「決定者」

俺は俺、ラム公(ラムズフェルド)はラム公、イラクは自由だ、みんな一緒だ
チェニーが鉄砲撃てば世界は大騒ぎ,俺が嘘をつけばさ
嘘なんだよ
自分の脳みそに陣取って、最後の日を待っているのさ
企業はオイルマネーで大儲け
俺は法の上さ、何が正しいか悪いかは俺が決める
卵頭の俺が最高指揮官、決定者、ククーカチューだ
バグダッドの警官が幼い犠牲者を並べてる
弾丸が飛んで殺されたんだ、お母さんの叫びが聞こえるかい
俺は嘘つきさ
金持ちたちに減税、貧乏人にはなにもなし
ホワイトハウスの庭に座って神に祈るのさ
いろいろ考えているのさ
脳みそだけがないだけさ

痛烈なブッシュ批判ソングですね。今度のBeGood Cafeは6月18日です。

土曜日, 5月 27, 2006

5月27日 オーママの誕生日

Abraham Lincoln JPG

「この残酷な戦争(南北戦争)もやっと終結に近づいたことは喜ばしいことだ。莫大な資産と血が犠牲になった。共和国にとってはまさに試練のときであった。しかし、この国の近い将来を思うと、迫り来る危機に震えてしまう。戦争の結果、企業が支配者の地位を確立した。これからは上部の者たちの腐敗の時代が始まるだろう。国の金権力(マネーパワー)は、人びとの偏見につけこんで、あらゆる富を少数者の手中に集中させ共和国が滅亡するまで、その支配を守ろうとするだろう。いまだ戦いの最中だが、この国の平和を想うと、今かつてないほど不安にかられる。神が、私の不安は根も葉もないものだと思し召すように」(訳玄)
1864年11月21日 アブラハム・リンカーン大統領 

リンカーンにはすべて見えていたのですね。それから142年経って、要するに、なにも変わっていないということです。戦争とマネーパワーは、かたちこそ変化し、規模が増大しただけで、中身は当時とそっくり。リンカーンが今生きていたら何と言うでしょう。

私の母を子どもたちはオーママと呼びます。オーママは1914年(大正3年)5月24日に生まれました。今日は、誕生日祝いということでみんなで梅の花という豆腐料理屋で会食しました。92歳まで元気に生きてくれてありがたいことです。ところでオーママが生まれた1914年は第一次世界大戦が始まった年で、日本では大正デモクラシーが盛んだった頃です。日本経済は戦争景気で多いに伸び、企業は大きくなったが、大インフレで貧富の差は拡大し、各地で労働争議が頻発し、労働組合運動などが始まります。しかし、結局デモクラシーと言っても名ばかりで、天皇制を絶対とする国体論の前に、なし崩し的に右翼イデオローグに押さえつけられ、そのまま二・二六事件を経て、軍部独走・独裁、太平洋戦争へと突き進むわけです。

オーママの話。
「みんな戦争は嫌だったよ。たくさん死んだし。息子が戦死したのを誇らしいと言うお母さんがいたけれど、そんなことはないと思うよ。自分の子どもが死ねば悲しいのは母親なら誰でもそうなんだから」
(日本人は優秀民族だから、朝鮮や中国に攻め込んで彼らを救ってやるんだという気持ちもあったのでは?)
「そうねえ。小さい時からそう教育されていたから」
「あれは苑子(姉)をおぶって汽車で水戸に向う途中だったわ。空襲をうけて汽車のボイラーに大きな穴が空いて止まってしまったの。当時は休暇で家に帰る軍人が必ず車両に1、2人は乗っていたのよ。列車は高いでしょう。その軍人さんがひとりひとり抱きかかえて降ろしてくれて、さあ、あの林に逃げ込みなさいと言ってたわ」
「東京にもどったらすっかり風景が変わってたの。四谷の家は無くなってた」

オーママのような生の戦争体験を語れる日本人がどんどんいなくなってしまっています。治安維持法や特高の怖さは身をもって経験した人でないと分からないかもしれません。今度はゆっくりオーママの話しを聞きに行ってきます。

木曜日, 5月 25, 2006

5月25日

今年は稲苗の成育がいまひとつ芳しくありません。4月〜5月と雨降り続きで日照時間不足と低温が祟って、発芽率も悪く、例年に比べ丈が伸びていないのです。この2、3日やっと5月晴れがつづいているので、なんとか持ち直してもらいたいものです。先週アメリカに1週間ほどでかけていたのですが、行く前に蒔いておいたニンジンやホウレンソウがほとんど発芽していないのでがっかり。またやり直しです。でも畑ではタマネギがたくさんりっぱに育ってくれて昨日うれしい収穫をしました。ソラマメも大量にできて、タマネギといっしょにスープにしたらまさに絶品。サツマイモとショウガを植えて、あとは黄色くなってきた小麦の収穫を待っているところです。

さて、アメリカでひさしぶりに現地のテレビや新聞・雑誌に接しました。地元紙(ホノルル・アドバタイザー)のトップは、地元出身の海兵隊員3人の写真が載っていて、イラクで死んだことを報じるニュースでした。日本ではこどもが殺されるニュースがトップですが、アメリカは戦死者なのです。すでに2004年のイラク侵攻以来2、500人以上の兵士が殺されているのですが、最近は殺される数が増えて毎日平均3人になっています。イラクには13万のアメリカ軍が駐留していますが、その75%がアメリカはイラクから1年以内に撤退すべきだと考えているという調査結果が最近ありました。

Approval Rating  JPG

(ブッシュの支持率グラフ/赤線は支持、黒線は不支持)
また25%は即撤退すべきだと言っているそうです。そしてこれまでに55万人のベテラン(帰還兵)がいるというので驚きました。そしてその半数以上が肉体的・精神的な障害を抱えているのにもかかわらず、軍人医療費予算カットで満足に治療を受けられない帰還兵がほとんどだそうです。このような厭戦気分を反映して、ブッシュ大統領の支持率は30%をすでに割っている状態です。

Michael Hayden  JPG

テレビでは、そのブッシュ大統領に新しくCIA長官に任命された軍人のマイケル・ヘイドンに対する上院委員会の公聴会を写していました。このヘイドンは、911事件以降、NSA(国家安全保障局)の長官を務めていた人で、いまアメリカ中で問題になっているワイアータッピング(密かに何百万の市民の電話通話記録を調べていた)をやった張本人です。この人を今度はCIA長官に任命しようというのですからブッシュ政権も強引です。民主党議員の憲法違反ではないかという質問に、彼は自身たっぷりに「すべて大統領の命令でやったことで、まったく合法です」と答えていたのには驚きました。先週さらに明らかになったことは、政府に批判的なABCやニューヨークタイムズ、ワシントンポストなどのジャーナリストも盗聴の標的にされていたことです。しかし、これらはすべて対テロ戦争のためという口実で合法化(愛国者法)されているのです。さらにショックだったことは、新聞の論説によるとメディアがこの問題で怒り狂っている一方で、アメリカ国民はというと、むしろ対テロのためには市民の権利がそのくらい制限されても仕方ないと思っていることでした。これを読んで、いま日本で問題になっている共謀罪も、いっぱんの人たちは同じように必要悪と考えているのではないかと思わざるを得ませんでした。

Mary Cheney  JPG

もうひとつアメリカで話題になっていることがあります。チェイニー副大統領の娘であるメアリー・チェイニーが最近出版した本で自分がレスビアンであると公言したのです。これが同性愛結婚を合法化するかどうかという政治論争に油を注ぎました。チェイニーや共和党保守派はもちろん同性結婚を禁じる条項を憲法に明記すべきと言う主張ですが、秋に中間選挙を控えているブッシュ政権はこれを選挙アジェンダにしたくないのが本音なので、いまのところ黙っています。アメリカではすでに同性愛者(ゲイ)という存在は社会でひろく認められているのが現実です。もちろん保守的な南部では事情が異なりますが(ハワイの友人チャッキーはゲイですが、彼の故郷ルイジアナでゲイだと公言することはトンデモナイことだそうです)、同性愛の社員には通常の家族手当やベネフィットを支給する企業が増えてきていると聞きました。ところで、チェイニー副大統領は、娘の告白に、「お前は私の娘だ。愛しているよ。お前が幸せならいいんだよ」と言ったそうです。

ますます混迷を深めるアメリカといった感想でした。

日曜日, 5月 14, 2006

5月14日

母の日の今朝、山々の新緑がひさしぶりに明るく輝いてきました。今日はお日様が出てくれるかな。真生といっしょに雨後に一斉に出てきた巨大な竹の子、というかもう2メートルくらいに伸びている竹を切り取る、間引き作業をしました。急な斜面でなかなか大変です。

教育基本法改正法案の審議が大詰めを迎えています。昨日にニュースでは民主党が「愛国心」についての対案を出したと報じていますが、ほとんどの主要メディアでは、あたかも教育基本法を変えることがすでに前提になっている論調です。でもちょっと待てよと言いたいです。改正を声だかに唱える政治家連中は現今の義務教育の現状をほんとうに知っているのでしょうか。小泉内閣になって以来小中学生の就学援助を受ける割合が40%も増えているそうです。愛国心どころの話しではありません。憲法で保障された、子どもたちが平等に教育を受ける基本的な権利が損なわれているのです。それこそ今問われなければいけないのは、国(政府)の責任問題ではないでしょうか。自分たちの怠慢を棚に上げて教育危機などと唱えるのはまさに噴飯ものです。こんな記事もあります。就学援助が70%という小学校で、子どもたちに「将来の夢」という作文を書かせたところ、三分の一が何も書けなかったというのです。(清水澄子/女のしんぶんより)義務教育に対する国の責任を放棄したままにしているこの政府は、どんな将来像を子どもたちに残そうとしているのでしょうか。

歴史は常に勝利者によって創られる。言い方をかえると、歴史は陰謀の歴史と言ってもいいかもしれません。時の政権・体制にとって都合悪い事実は隠蔽・歪曲されていると考えていいでしょう。

どうして日本はあのような無謀な戦争(太平洋戦争)を起こし、350万人の国民、アジアで2,000万人もの犠牲者を出して負けたのでしょうか。私たちは(少なくても私は)、戦前の国民はみんな騙されて、心にもないことを言わされていたのだと教え込まされてきました。しかし、立花隆は自著「天皇と東大」でこう語っています。「あの時代の資料を読みなれるにつれて、私にだんだんわかってきたことは、あの時代は,後世の我々が考えている以上に右翼的、国粋主義的であったということである。少数の右翼国粋主義者がそうだったというのではない。世の中一般の人びとのものの考え方、感じ方が、今の我々には想像を絶するほど、右翼的であったということだ。(中略)そういうことがわかってきたとき、私はあの戦争がなぜ起きたのかが実感的に本当にわかったと思った。」

「人びとのものの考え方、感じ方が、今の我々には想像を絶するほど、右翼的であった」とは、まさに私にも想像を絶することなのかもしれませんが、この本を読み進んで(やっとほぼ終わりに近づいています)、なんとなく当時の人たちのこころが推測できます。でも、もしかしたら、戦後もそれほど根本的には変わっていないのかもしれません。日本人の感性や考え方がそれほど変化しているとは、最近とくに思えなくなってきました。天皇崇拝や国粋主義という言葉に、私は反射的に拒否反応を示します。民主主義とは相容れないと教育されてきたからです。でも実際には天皇は国民の尊敬される象徴として、私たちの日常に毎日のように存在をアピールされているわけです。それから崇拝に至るみちは意外と近いのかもしれません。そのような危機感を抱かされるこのところの日本の状況です。

火曜日, 5月 09, 2006

5月9日

3月に来日したアーネスト・スターングラス博士とローレン・モレさんの講演内容をウェッブにアップするため、翻訳などの準備をしているところです。グラフなどはコンピュータマスターのダミアンが手伝ってくれているので早々に完成することでしょう。さて、問題はもちろんその内容です。放射能の怖さはうすうす知っていましたが、ここまではっきりとデータを見せられるとまさに眼から鱗状態。正直言ってそれ以来ショックから立ち直れない毎日です。この問題をどう受け止めて行けばいいのか。何が私たちにできるのだろうか。これから生きて行くこどもたちにどんな未来を残せるのか。その問いを正面から突きつけられています。

参考に、ふたつの表をここに載せましょう。
表(1)

Hypothroidism JPG

これはアメリカの原子力発電所の稼働率と先天性甲状腺機能低下症との表です。左の縦軸は各年に新生児10万人のうち甲状腺障害を持って生まれてきた赤ちゃんの数(白丸)、右側の縦軸は原子力発電所の設備稼働率、つまり発電量(黒丸)です。1981年から2000年までのデータです。

表(2)

Strontium 90 JPG

原子力発電所から環境に放出されるいわゆる死の灰には核分裂生成物質がありますが、放射性元素ストロンチウム90はその代表的なもので、その原子組成がカルシウムと似ているために人間の骨に蓄積します。スターングラス博士たちのグループは長年にわたって幼児の乳歯を集めてそれに含まれるストロンチウム90の調査をしてきました。左縦軸が原子力発電所の稼働率(発電量=太線)、右縦軸が乳歯2,600本中のストロンチウム90の値(細線)です。

これを見て単なる偶然だと済ませるひとはよほど能天気(脳天気?)ではないでしょうか。

現代社会の混乱状態の原因に放射能の影響を指摘する人はまずいません。政府や原子力産業による徹底したPR作戦が功を奏して、原子力はクリーンだというイメージが人びとの頭にインプットされているからです。そして、それに反する声はことごとく押さえつけられていることもあります。糖尿病が放射能の影響であることは、放射線の専門家たちの間ではもう数十年前からの常識だったことを最近知りました。長年健康と病気について自然療法を研究してきた私にとっても非常にショックな話しです。私たちの親しい友人にも糖尿病に冒されインシュリン投与をしている人がいます。ジャパンタイムズの報道では国民のほぼ1割(約1,600万人)が患者である可能性があると言っています。こうなるともう国民病ですね。世界最長寿国で、世界に冠たる伝統健康食を有するこの国が、非健康食の代表と言われるアメリカの2倍の糖尿病を抱えていることなど、どうしてマスコミはいままで報道しないのでしょうか。医者は偏った食事とストレスが原因などど当たり障りの無い理由を繰り返しています。

スターングラス博士とモレさんの報告は、単にガンや糖尿病といった疾病にとどまらず、精神病や知能障害への影響も含んでいるのです。放射能の影響は年齢が若いほど顕著になりますから、もちろん胎児中にエックス線など浴びたら大変なことになるわけです。盛んに細胞分裂してからだが大きくなる成長期に放射能を浴びれば、当然それが異常増殖細胞などをつくりさまざまな病気の原因になるのです。最近問題になっている引きこもりや自閉症などの子どもたちの現象も、もちろん家庭や社会という社会環境の影響もあるでしょうが、放射能というファクター抜きには説明がつきません。

六ヶ所処理施設では3月以来、原子力発電所の1年分に相当する放射能を環境にばらまいていると言われています。単純に考えても、これは日本に原子力発電所が365カ所新しくできたことと同じになります。これだけでも十分ショッキングでありませんか。

スターングラス博士たちは、今必要なことは直ちに原子力発電所を止めさせること、そしてより安全で環境に優しい天然ガス発電にかえることだと主張しています。アメリカではすでにコネチカット州などで原子力から天然ガスに転換して稼働しているそうです。また、原子力発電所の設備をそのまま利用できるので、変換コストも大したことはないそうです。シベリアや樺太には天然ガスが大量に埋蔵されていると聞いていますから、エネルギー資源のない日本にはもってこいではないでしょうか。もちろん太陽光や風力などの自然エネルギー開発もどんどん進めていきましょう。

火曜日, 5月 02, 2006

5月2日

世の中が激しい勢いで変化しています。これに気づかない人はよほど呑気かあるいは達観しているのでしょう。そのなかで最近眼にとまった問題は、政府が押し進めようとしている教育基本法の改正(改悪?)です。いまなぜ改正する必要があるのでしょうか。ここに中央教育審議会という政府の諮問委員会による答申があります。これが改正案の基本的な理由になっているのです。

『今日,我が国社会は,大きな危機に直面していると言わざるを得ない。国民の間では,これまでの価値観が揺らぎ,自信喪失感や閉塞(そく)感が広がっている。倫理観や社会的使命感の喪失が,正義,公正,安全への信頼を失わせている。少子高齢化による人口構成の変化が,社会の活力低下を招来している。長引く経済の停滞の中で,多くの労働者が離職を余儀なくされ,新規学卒者の就職は極めて困難となっている。
このような状況を脱し,我が国社会が長期的に発展する礎(いしずえ)を築くために,戦後の我が国社会を支えてきた政治,行政,司法や経済構造などの基本的な制度の抜本的な改革が進められている。教育は,我が国社会の存立基盤である。現在あるいは将来の我が国社会が直面する様々な困難を克服し,国民一人一人の自己実現,幸福の追求と我が国の理想,繁栄を実現する原動力たり得るものは,教育をおいて他(ほか)にない。我が国社会が,創造性と活力に満ち,世界に開かれたものとなるためには,教育についても,これら一連の改革と軌を一にして,大胆な見直しと改革を推進していかなければならない。 』

これを読んで、いったいどうして教育基本法をわざわざ変える必要があるのかと疑問に思わざるを得ません。この答申では、『国民の価値観が揺らぎ、自信喪失感や閉塞感が広がっている。』として、それの解決には、政治経済などの改革とともに教育も改革しなければならないと主張しています。どうして教育も変えなければいけないのでしょうか。大体、「倫理観や社会的使命感の喪失』は現行の教育がよくないからだと言いたいのでしょう。そうかもしれません。でもそうだとしても、それは今の教育が本当に教育基本法に則ったものになっていないからであって、それを教育の場で実現させる義務を負っている政府・官僚の責任ではないでしょうか。つまり、自分たちの怠慢によって現在のような困難を導いておきながら、それを教育基本法という法律に責任転嫁しているにすぎないのです。

現行の教育基本法の抜粋を読んでみましょう。括弧内の文章は私の個人的意見・感想です。

○教育基本法
昭和二十二年三月三十一日
教育基本法
   われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。
   われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。
   ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。
(素晴らしい前文ですね。これだけ人間性の高い法律は世界にも類がないでしょう。9条とともに日本の誇りです)
 
第一条(教育の目的)   教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。
 
第二条(教育の方針)   教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によつて、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。
(この学問の自由がいま権力によって犯されようとしています)
 
第三条(教育の機会均等)   すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであつて、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によつて、教育上差別されない。
 
第四条(義務教育)   国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う。

第五条(男女共学)   男女は、互に敬重し、協力し合わなければならないものであつて、教育上男女の共学は、認められなければならない。
 
第六条(学校教育)   法律に定める学校は、公の性質をもつものであつて、国又は地方公共団体の外、法律に定める法人のみが、これを設置することができる。

   法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であつて、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない。
(本当です)
 
第七条(社会教育)   家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育は、国及び地方公共団体によつて奨励されなければならない。

   国及び地方公共団体は、図書館、博物館、公民館等の施設の設置、学校の施設の利用その他適当な方法によつて教育の目的の実現に努めなければならない。
(いま地域で起きていることは、学校閉鎖や統合、幼稚園や保育園の予算削減(人員削減)など、まったく 国及び地方公共団体は、その義務をはたしていません)
 
第八条(政治教育)   良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない。

   法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。
 
第九条(宗教教育)   宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位は、教育上これを尊重しなければならない。
   国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。
(戦前は東大の学生がそろって靖国神社参拝などしました。)
 
第十条(教育行政)   教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。
( 国及び地方公共団体の不当な支配がいま問題です。教育基本法改正はさらにこの支配を強化することになるのです。それは教育の根本理念である、教育の独立性、自由を奪うことになります)
   教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。

以上

ここに書いてあることが本当に実施されたらそれこそ日本は素晴らしい、理想の国になるでしょう。いま、やるべきことは教育基本法を改悪して教育を官僚支配のもとにさらすことではなく、この現行の教育基本法をわたしたち親が大人が本当に責任をもって実践していくことではないでしょうか。

金曜日, 4月 28, 2006

4月28日

数年前、アメリカでふたりの若者が、MoveOnというインターネットを通して会員を募ることを始めました。これは、ネットで会員から集めた寄付金を使って政治的テレビコマーシャルを製作・放映することで市民の声を直接広めようという企画です。これが現在では330万人もの会員を擁するパワーフルな団体に成長しました。これまで、ブッシュ政権の政策をことごとく批判する広告を流してきました。昨日、送られてきたMoveOnは、今年11月に行われる中間選挙(いわゆるアメリカの総選挙)に向けてブッシュ政権を支えている共和党議員、それも影響力が大きい上院議員をひとりひとり集中的に批判する広告を出そうという案内でした。アメリカはメディアが強大な影響力をもつ国です。メディア、とくにテレビを握ったものが勝利する典型的なところと言っていいでしょう。そして大企業が政治家と組んでメディア支配をずっと続けてきました。そうやって政権に不利な情報は国民に知らせないのです。また反政府的な情報や意見は主要メディアで取り上げられることはまずありません。ですからMoveOnの企画は画期的でした。今回MoveOnでつくった共和党議員批判コマーシャルを試験的に共和党が制する選挙区で流したところ、あっという間に支持率が急降下し、逆に同選挙区の民主党議員の支持率が上がるという逆転現象が起きたのです。その結果に勇気づけられて、昨日の呼びかけはMoveOn会員に11月の中間選挙まで毎月15ドル寄付してくれないかというお願いでした。https://political.moveon.org/donate/tilnov.html?id=7418-2119821-4e7ykpVHgSeLenyd5eiMjQ&t=6の右側のVIDEOをクリックすればテレビ広告が見られます。アメリカ政局の鍵を握っているのは上院議会です。いまはブッシュ政権を支える共和党上院議員が圧倒的多数ですが、このうち16名を民主党議員に置き換えれば逆転するそうなのです。11月まで毎月15ドル、しめて120ドルでアメリカの政治が変わってくれるのなら安いものではありませんか。というわけで、さっそく昨夜寄付に賛同しました。ところが一夜明けた今朝のMoveOnニュースは、この24時間で124万ドルもの寄付が集まったと報告してきました。すごいですね。同じようなことが日本でもできないでしょうか。

木曜日, 4月 27, 2006

4月27日

このところ天候が気まぐれで農作業の予測がつかず苦労しています。2〜3日天気がつづかないと畑の土が乾かないので耕せません。そろそろ野菜の種まきの準備をしなければいけないのですが。昨日やっと苗床に籾蒔きをしました。籾は水が冷たいのか芽だしがいまいちです。ところが苗床を保温するビニールシートが途中で足らなくなりそうになったので、あわてて近くのコメリというホームセンターに行ったら無いのです。そこで、町まで出かけて農協ともうひとつのホームセンターに行ってら、もう扱っていないと言われてしまい、困りました。ホームセンター(カインズという)の若い店員は、苗床用シートを説明してもなかなか理解してくれませんでした。しかたなく、田んぼに戻って残り少ないシートでなんとかうまく苗床を被せることができました。それにしても、苗床シートが手に入らなくなったとは、ショックです。でも、それもそうですね。今時苗代を見かけることなど皆無ですから。となりのおじさんももう3年前にやめてしまいました。田植えはどこでも機械植えが当たり前になってしまいました。苗をわざわざ育てる農家も少なくなり、農協から購入する人がほとんどです。日本人が食べ物の中でもっともこだわる米をつくる行為が、どんどん管理化され人手を離れていきます。田植機に使う苗は、ほんとうにかぼそく、よくこんなひょろひょろで育つなあと思うくらいです。それにくらべると苗床で育てる稲の苗は頑丈で、見ただけで大丈夫という感じです。そういえば苗床シートを買ったのはもう5年くらい前かもしれません。さて、来年のために今のうちからシートを手配しておかなくては。でも、苗代作りという神聖な作業(それにとても楽しいのに)をこんなに簡単に捨ててしまっていいのでしょうか。

日曜日, 4月 23, 2006

4月23日

竹の子が毎日つぎつぎと土から出始めました。もう子どもたちはうんざり顔です。野良犬のクロがどうやら縁の下で赤ちゃんを生んだようで、数日前からミャーミャー声が聞こえます。どこからか白い野良犬が我が家のまわりに最近出現していたので、こうなることは薄々予感がしていたのですが、さてさてどうしたものでしょう?

今日は、そろそろ苗床の準備と思っていたら、あいにく朝からの雨。無精百姓の私は今日1日たまっているほかの仕事をやることにしました。

共謀罪(正式には「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案(刑法の一部改正)」)という、かつての治安維持法を彷彿させる法案審議が始まろうとしています。だれでも犯罪行為を意図とする会話なり相談をすると、たとえそれが冗談や単なる空想でも、犯罪行為として逮捕されるという恐ろしい法律です。これが成立すると警察国家の体制が一挙に進むでしょう。しかし、法律というものは一部の過激な政治力でできるものではありません。それを支える世論があって初めて可能になるものでしょう。戦前の治安維持法にしても、その目的は影響力を持ち始めた共産党やその思想を取り締まるためでしたが、それは天皇の絶対統治体制をよしとする世論が圧倒的であった当時の事実があるからです。そう考えると、果たして今の世の中、国の治安や安全という問題に関して、どこまでの権力を国家に委ねても構わないと人びとは思っているのでしょうか。不安や恐怖が蔓延するいまの社会を背景に、このような法案自体が実際に国会で審議されること自体すでに人心はそこまで受け入れる用意があるのかもしれません。

陰陽論は宇宙のあらゆる事象に法則があることを教えています。それは、ものごとはすべからず陽から陰に進むということです。そして陰はかならず陽にとって替わられるという宿命があります。今の時代、世間を凌駕している力はもともと陽であったものが陰になったものです。人類の進化の歴史をみると、魚類が栄えていた時代にすでに原始両生類が発現しており、それらが陸に上がってきて両生類時代を築きます。しかし、すでにそこでもすでに原始爬虫類が出現していてやがて陸は爬虫類の天下になります。それも原始哺乳類の出現があってやがて哺乳類にとって替わられます。そして最後にホモエレクトスの出現があって人類の天下になりました。

その人類の歴史も、陽から陰に、さらにそれが新しい陽にとって替わられるということを繰り返してきています。どんな文明もそこに芽吹いた新しい力によって崩壊させられます。そのような視点でいまの世の中をみると、世界を牛耳っているパワーや体制はすでに陰の極みに達しているのかもしれません。すでに陽の力がどこかに現れていて、やがていまの体制にとって替わることになるのです。陰が極まると、つまり世界すべてがそれに染まってくると、自己腐敗や崩壊を起こすとされています。さて、私たちはいったいどこにいるのでしょう。

水曜日, 4月 12, 2006

4月12日

ひさしぶりの投稿です。春はあまりにもすべてが早く変化するので、からだもこころも追いついていくのが大変。昨夜の嵐は予想以上で台風並みでしたね。今朝こどもたちを幼稚園に送りにいった先々で河川が氾濫していて、郵便局前は洪水状態で近寄れませんでした。こんなことはかつてなかったことです。わざわざ自然の形態を破壊してあらゆる水路をコンクリート堤にしてしまったつけがこういうときに回ってくるのですね。降った雨がいっきにコンクリート水路を通って流れてきたのです。山は自然のプールです。その保水性があるからこそどんな大雨でも洪水が防がれてきたのです。せっかく自然が与えてくれているものをお金を(税金)かけて捨てる人間の愚かさにはつくづく呆れます。

Peach Blossoms JPG

桜はほとんど散ってしまいましたが、桃が例年のごとく見事に鮮やかにはたけを飾ってくれています。そのとなりに梨の花が白く色添えしてくれました。大雨も田んぼには、特に100%天水頼りのわが棚田には、恵みの雨です。午後雨が上がったら早速代掻きをしましょう。ことしは、昨年収穫した「はえぬき」種と地元の方から新たに頂いた「ちば28号/ふさこがね」種を7日から水浸けしています。秋にはニュージーランド(当地では春)で稲作りの指導に行くことになっているので、今年はまさに二期作になるかもしれません。

世界政治の変化も大変なスピードで、これも追いついて行くのが大変。アメリカのブッシュ政権がイラン空爆に踏み切るか議論が沸騰しています。そのことで、私が好きなジャーナリスト、ウィリアム・リバーズ・ピットが、先の見えない不気味な不安感を今日のTruthoutに書いているので思わず訳してしまいました。

「どこまで彼らは狂っているか?」
ウィリアム・リバーズ・ピット 2006年4月11日
(原文)http://www.truthout.org/docs_2006/041106R.shtml

昨夜、ブッシュ政権のイラン攻撃計画の可能性についてボスと論争した。ニューヨーカー誌に載ったセーモア・ハーシュの記事に、彼はずいぶんとショックを受け落ち込んでいた。「やつらはやるつもりだ」と言う。
私はボスに言った。ブッシュ政権がやるとは思えない。そしてイラン攻撃がいかに馬鹿げているか、とくに核兵器使用なども含め、あらゆる理由を掲げて説明した。

イランには強力な軍隊がある。とくに音速の2倍以上で飛びイージス艦のレーダーをすり抜けるサンバーンミサイルを含むミサイル陣営があり、ペルシャ湾にいるアメリカ戦艦は簡単に標的にされるだろう。
イランと連結するイラク多数派のシーア派も呼応してただちに猛反撃するだろう。アメリカ国旗を掲げるものはすべて無差別に気違いのように攻撃してくるだろう。
イランと安全協定を結んでいるシリアも攻撃に参加するかもしれない。
イランと石油取引を最近はじめた中国も干渉してくるだろう。
イランの核開発をあるていど支持しているロシアも黙っていないだろう。
イギリスのブレア首相はイラン問題には関わりたがらないし、イタリアのベルスコーニも失職したようだ、スペインのアズナーはもういない。いまブッシュがそんなことをしたら孤立するだけだよ、と私はボスに言った。

通常兵器でさえそうなのだから、核使用などはとんでもない結果になる。地域を越えて拡大した大混乱は、なんとかタリバン関連の原理主義者たちの反乱を押さえ込んでいるパキスタンのムシャラフ政権の崩壊につながり、パキスタン自身の核兵器使用にもなる最悪のシナリオになる恐れがある。そうなればインドも自制心を失うだろう。

私の話しは説得力があったのだろう。ボスは気分をとり直して、その晩は別れた。10分後。ボスからメールで、NYタイムズに今日載ったポール・クルッグマンの記事が送られてきた。
それは「そう、彼はやるよ」という記事だった。そしてこう言っている;
『「でも彼はそこまでやらないだろう」とみなが思っていたからこそ、ブッシュはイラク戦争にアメリカを引き込むことができたのだ。しかも戦争の理由について何も説明なしに。アメリカ大統領が国民を騙して戦争を始めるなど多くのアメリカ人は信じたくない。常識あると自認する人は「彼はやるはずがない」と言う。しかし、イラク戦争がどうやって始まったかをその経緯を知れば、ブッシュ大統領がまた無計画で不必要な戦争を始める可能性を否定することは分別あることではない。それは考えが甘い。』

まいった。

戦争や死ということを考えると、「いったいこの人たちはどこまで狂っているのだろう」と自問せざるを得ないほどアメリカは相当ひどい状況にある。イランが核兵器を保有するにはまだ10年掛かるだろうというのが説得力ある通論だ。だから外交や経済での状況打開策はいくらでもある。イランを攻撃するもっともな理由などないが、悪い理由はいくつかある。
悪い理由の最大のものはもちろん、2006年中間選挙がせまっている中でイラン攻撃はワシントンの雰囲気を一掃することだ。今やブッシュ政権の人気は最低だ。このままいけば2007年1月には民主党のジョン・コンヤーズが議会司法委員会の議長になるかもしれない。しかも召喚状を持って。
いまのところイラク戦争のときのシナリオと違うのは、ブッシュ政権自身はイラン攻撃、とくに核兵器を用いての、は考えていないと強く否定していることだ。

ではどうしてこう腹の底に嫌な気持ちがあるんだろう。

イギリスのガーディアン紙の記事に、元CIA対テロ作戦部長の話しとして、ブッシュはイランへの軍事行動への踏ん切りがまだついていない、ブッシュ自身のこころとの戦いがある、それにまた大統領主席補佐官のカール・ローブが全面的に反対しているからだと書いてある。しかし、秘密作戦はすでに始まっていて、何人かは殺されているそうだ。

ブッシュのこころの戦いだって?何人かが殺されているって?この何でもありのめちゃくちゃ世界で、私はカール・ローブとは全面的に同意見だ。本当に怖いのはすべてがこの不確定さにあるからだ。理性ある人間ならそんな悲惨な行動には走らないだろう、しかし、我々がこの数年間に観てきたことは、この政権の運転ではその理性が後部座席に追いやられていることだ。

今朝、イラン女性が経営する近所の素晴らしいカフェでコーヒーを注文した。彼女に、国が攻撃されたらどうなるかとずばっと訊くと。そんなことは起きないと言った。「クルッグマンの記事は読んだわ。でも彼らがそんなことやるはずない。狂っていないかぎり」
そりゃそうだ。狂って辞めるまで行ってないのは残念だ。
                       (訳文責:森田 玄)

金曜日, 3月 31, 2006

3月31日

今朝の台所の寒暖計を見てびっくり。2度でした。畑をみたら霜が降りているではありませんか。そして、今日、我が家に新たな家族がふえました。キットという生後2ヶ月の子猫をもらってきました。白と黒のまじった雄猫です。去年飼い猫のリモが死んで以来、ねずみが増えて困っていました。さてキットはねずみを捕まえてくれるかしら。

桃の花が咲き始めましたが、こんな寒さではなかなか畑も田んぼも仕事が本格的になりません。いまは去年仕込んだ堆肥を畝に鋤き込んでいます。それでも、冬を越した麦が青々と元気に育っていますし、タマネギ、空豆、絹さや、ガーリック、レタスなども順調です。そろそろ田んぼの代掻きをして苗代の準備をしなければいけません。ところが耕耘機(ロータリー)に水漏れがみつかって一大事。修理に2〜3万円もかかると言われて、どうするか思案中です。苗代程度なら小さなコマメちゃん耕耘機でなんとかなるかもしれません。稲の種まきは4月下旬です。そうそう今年はほうれん草が思いのほかよく育って毎日食卓におひたしになってくれています。

月曜日, 3月 27, 2006

3月27日

アメリカの平和省ウェブ(Peace Alliance)を観ていたら、クシニッチ議員が昨年9月にほかの議員と連名で連邦議会に平和省設立法案を提出した際の演説がありました。みじかいけれど素晴らしい演説なので訳してみました。

連邦下院議会記録 2005年9月14日
「平和と非暴力省」創設
(クシニッチ氏の要請により議会で1分間発言を許される。)

クシニッチ氏:議長殿、私たちの奥深い沈黙から、私たちひとりひとりの内にある平和を知るその場所から、私たちを世界と世界のこころにつなぐ私たちのこころそのものから、私たちは知っています。恐れが暴力を導くこと、暴力が戦争を導くこと、戦争がすべての破壊に導くことを。しかも私たちは恐れを欲していません、暴力も戦争も欲していません。ただ平和を欲しているのです。私たちは平和を欲するあまりそのためには何でもしようとさえ思っています。それで安心のために軍備に予算の半分も使っているのです。
こんな暴力による平和維持など続かないことも知っています。そのやりかたでは私たちの子どもたちに未来を与えることができないことも知っています。
ですから今日、「平和と非暴力」省の設立法案3760を提出して新しい出発にします。これは、絶望ではなく勇気と希望を選択するという数十人の議員たちの宣言です。私たちは新しいアメリカと新しい世界を創ろうと宣言するのです。

火曜日, 2月 14, 2006

2月14日

立花隆の「天皇と東大」、ほぼ半分まで読み進みました。明治の初期、開国したばかりの日本は一日も早く西欧の列強に近づこうと西欧の文化吸収に国を揚げて取り組みました。そこで最初に模範になったのがアメリカやフランスで、そのころの自由主義や啓蒙主義が日本に入ってきて人びとに大きな影響を与えました。自由民権思想がそこで生まれたのです。ところが、天皇を中心とする尊王国粋派は、いわゆる民主主義の台頭に危機感を覚え、国民を煽動して急激に攘夷の体制(国体)に向わせます。アメリカやフランスの教師たちは排斥され、かわりに当時立憲君主制のプロシャ(ドイツ)を規範にします。自由思想の学者や政治家はことごとく排斥され,あっという間にファシズム体制に世間が席巻され、日露戦争を経て、韓国併合、満州国建設と大帝国主義への道に日本は突き進んでいきました。天皇や日本そのものが神格化され、疑うものはただちに投獄されました。歴史も天皇が神の子孫であるというように書き換えられ、教科書にもそう書くよう強制したのです。東大は政府の意のままになる官僚生産の場として、常にその中心にありました。またそれ以上に、ナショナリズムに煽られた国民が帝国主義(侵略主義、領土拡張主義)の道に邁進する先導役を務めたのも東大だったのです。

ここで驚かされるのが、それまでお上といえば徳川将軍様で、京都の天皇などはほとんど無視されていたのに、一般国民がいとも簡単に一夜のうちに神の国という宣伝に洗脳されてしまう事実です。日本人ほどポピュリズムに熱狂的に反応する国民はほかにも類をみないのではないでしょうか。いまの小泉人気はまさにそうです。国際貢献などという極めてあいまいな説明で国民を納得させる手法は、はっきり言って国民を愚弄するやり方です。この国の大衆は、300年の鎖国のあいだにすっかり従順さを身につけ、せっかく文明開化で人権主義が広まる気運が生まれたのに、わざわざ自分たちでそれを捨てて卑下たる身分に戻って行ったのです。

日曜日, 2月 05, 2006

2月11日

最近、ふと立ち寄った本屋で眼に留まった本に注目しています。「天皇と東大」というちょっとセンセーショナルな表題で、著者は立花隆。彼は、週刊新潮のコラムで「戦争中毒」に好意的な文章を書いてくれたこともあり、さらに著書「イラク戦争・日本の運命・小泉の運命」でも同様なことを書いてくれています。日本の著名なジャーナリストで私たちの本を取り上げてくれたのは立花隆だけなので、彼には一目を置いているわけです。実際、立花隆の現小泉政権に対する批判は徹底していますし、とくに、改憲問題での立場も明瞭です。真理の追求というジャーナリストの役割をフルに演じている人間と言っても過言ではないでしょう。

さてこの「天皇と東大」、ご存知の方も多いと思いますが、これは文芸春秋に7年間連載していた「私の東大論」をまとめたものです。じつはこの本には「大日本帝国の生と死」という副題がついています。「長い長い鎖国の時代が終わったあと、日本という近代国家がどのようにして作られ、それがどのようにして現代日本(戦後日本)につながることになったかを、「東大という覗き窓」を通して見た本」とあります。そしてこの国がどうしてこんな国になってしまったのか、歴史を振り返ると日本は大きな曲がり角をまわるたびに大きな過誤を犯してきた、そのときの判断ミスがのちに取り返しのつかない結果となって跳ね返ってきた、その原因を見極めるためにも近現代史を知ることが必要であり、そこからはじめて現代を語れる、と本の趣旨を書いています。

そして、近代日本の政治と軍事と宗教の一体化した神聖シンボルとしての天皇(制)は、近現代史の中心的な役割を果たしてきたこと,また、その天皇を中心とする「国体」観念に全国民が虜にされたが、その魔術支配の主たる舞台こそ東大であったというのです。

まだまだ読み始めたばかりですが、はじめから眼から鱗の話がつづいます。興味あるところをこれからも書いて行きましょう。

木曜日, 2月 02, 2006

2月2日

昨日はよく雨が降りました。お陰で、昨年修理した田んぼの土手がまた崩れてしまいました。やれやれ、またユンボを運び込まなければ。

ことしは、モーツァルト生誕250年ということらしいです。じつは、私は生粋の(変な表現ですが)モーツァルトファンなのです。若い頃はベートーベン,ショパン、チャイコフスキーなどを好んで聴いていました。モーツァルトはどうもピンとこなかったのです。やはりベートーベンの感動的な力強い響きに酔っていました。ところがある日、車を運転していたら妙にこころを吸い込まれるような曲想が流れてきました。実に軽やかでしかもその背後に複雑なメロディラインが流れています。それがモーツァルトに開眼した瞬間でした。それ以来、ほとんどクラシックはモーツァルトです。不思議なもので、いままであんなにこころを揺さぶられていたはずのベートーベンが、意外にもよそよそしく聴こえるのです。モーツァルトは、ある年齢にならないとその本当の素晴らしさが理解できないのかもしれません。少なくとも私はそうでした。でも、どうしてこんなにモーツァルトなのかという疑問に対するひとつの理由は、彼の誕生日が私の次の日だったことかもしれません。いつかヨーロッパをモーツァルトコンサートツアーするのが夢です。

土曜日, 1月 28, 2006

1月28日

今日は昨日とうってかわって朝から快晴です。だいぶ残り雪も少なくなってきました。我が家のまわりにはいろいろな野生動物が生息していますが、この数年とくに目立って増えたのがイノシシです。彼らは夜行性なので人目に曝されることはまずありません。ところが、昨日の夕方、卵をもらいに近所の田畑さんに行った帰りの山道で、5〜6匹の子犬を見かけました。と最初は思ったのですが、近くに寄ると、なんとイノシシの子どもたちです。茶色の毛に覆われ、背中に黄色っぽい筋が数本あります。それらが群れになってちょこちょこと道路を歩いています。一緒にいた杏菜と真生は大騒ぎ。5メートルほど追いかけていくと突然脇の薮から大きな母親イノシシが現れ、子イノシシたちを薮に連れて行きました。イノシシの子ども、まだ生まれてまもない赤ちゃんかもしれません、を見るのは初めてですし、親イノシシをこんなに近くで見るのも初めて。いや、じつに可愛いもんです。本当はいつも田畑を荒らすので憎くき相手なのですが。

最近近くにコンビニができたので、久しぶりに今日の朝日新聞を買って読みました。ここは新聞配達がないので(郵便と宅配は来ます)新聞とは自然と疎遠になっています。朝日は駄目だ、あまりにも保守的・右傾化・政府寄りという批判をよく聞きますが、今日の紙面を見ているかぎり、いやいややはり朝日なりのことはあるなと感じ入っています。まず、全体の紙面を通して戦争批判論調が一貫しています。とくに童話作家の高木敏子の言葉が心に残りました。「戦争を起こすのは人の心です.戦争を起こさせないようにするのも人の心です。戦争を起こしてもいいという心を持つ人が増えたら、過ちが繰り返されてしまうかもしれません。みんなで戦争を起こさせないこころの輪を強く結び、世界に向けて広げて行きましょう」

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アメリカの市民グループが傑作な看板をトラックに積んで、来週の火曜日からワシントン市街を回るそうです。それには「ブッシュ・チェイニー弾劾・排除・告訴される。これ以上譲歩するな。任務完了!」その裏には、「アメリカ国民をスパイ・議会での偽証・違法戦争遂行・捕虜虐待・極秘刑務所・911事件警告無視・・・以上のすべてに有罪」と書いてあります。これと同じような看板トラックを永田町でもやるべきですね。

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金曜日, 1月 27, 2006

1月27日

今日は、朝から厚い雲が空を覆ってとても寒い1日です。久しぶりに一人で家でゆったりと読書とメール書きをこたつでしています。いま居るところは、3年前に造ったサンルームという南西向きの部屋で、とにかく明るくしようとすべての壁面をガラスにしました。お陰で、陽が入るときはそれこそ南国並みに暑いくらいになるのですが、今日のような曇り日は外とかわりません。でも、ここからの眺めはとても気に入っています。ここからまだ雪に覆われた畑と山林が見えます。聞こえるのは屋根に残っている雪が溶けて地面に落ちる音だけです。

昨日は私の誕生日でした。これはという特別な感慨もありませんが、この歳になって心配するようなからだの問題がないことだけは感謝したいです。思えば、十数年前、ひょんなことから知った東洋医学に目覚めて、自然食を中心とした新しいライフスタイルに変換して以来常にこころとからだのバランスの大切さを身にしみて感じてきました。そこで学んだいのちの法則の知恵を多くのひとに知ってもらいたいと勉強会を行ってきました。先週も沖縄で初心者のワークショップをやりましたが、いわゆる半健康と呼ばれるいつ病気になってもいいような人が多いのにはいつも驚かされます。からだの不調を訴えるひとは、それがまるで当たり前のようなことだと思っているようです。あまりにも、周囲に不健康なひとたちばかりなのでそれが普通になってしまっているのですね。こどものときのような、朝起きると自然にからだが動いてしまうような元気さ、はつらつさは年齢とともに失われ二度と帰って来ないものだと思っているようです。そんなことはありません。いのちは常に本来の完全な存在に戻ろうとしています。それを阻んでいるのは私たち自身です。たしかに私たちをとりまく環境はこころとからだのバランスを崩すようなもので満ちあふれていますが、できることはそれこそ無数にあり、そのうちのひとつでも実践すれば確実によい結果が出ることになっています。からだは完全無欠なコンピュータのようなものですから、わずかなことにでも即反応します。その僅かなポジティブな変化は、自分自身への小さな最初の自信になります。その小さな自信を少しずつ増やして行けばいいのです。そうすることで、私のエネルギーが高まり、それが周りに順々と伝わっていきます。ちょうど池に石を投げ入れたように、波が広がっていきます。健康であることは、生まれた生命への責任であり、平和への道でもあると思います。

火曜日, 1月 24, 2006

1月24日

昨夜遅く、沖縄から帰宅しました。ところが、家の近くまで来ると雪で道が凍って登れません。しかたなく下の道にくるまを置いて、山の上の我家まで家族全員で歩いて帰りました。なにしろ17度の沖縄から零度に近いところに来たのですから、その寒さは尋常ではありません。でも、空を見上げると満点の星。それはこういうときしか味わえない凄みのある美しさでした。

ところで、那覇というとあまりにも都会というイメージですが、その都会の中にびっくりするような熱帯の自然が残されています。末吉公園というところで、私たちが滞在していた首里から歩いてほんの15分のところにあります。そこはまさに別世界。昔の沖縄はこうだったんだと感慨に打たれました。そして、なんと桜がちょうど満開なのです。

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そして、今日もやはり山の道は凍っていて通行不能。朝、こどもたちと歩いて山を降りました。今朝の天気は真っ青な空。真っ白に覆われた田畑が映えていました。さて、すっかり緩んだからだを早く締めなければ。

水曜日, 1月 18, 2006

1月18日

ニール・ドナルド・ウォルシュ著「新しき啓示」(神との対話シリーズ)より

恐れていることはすでに起こっている。
世界を見まわしてごらん。あなたがたの生き方/生命のあり方の最後の痕跡は2001年9月11日に消滅した。人間の基準で言えば、もはや誰も安全ではなく、安定してもいない。
いまの課題は、安全や安定を失うまいとすることではなく、取り戻すことだ。
物理的なレベルで爆弾や戦車、兵士を使って、あるいは経済力や政治力を使ってそれをなしとげようとすることもできるし、霊的なレベルで信念を変えることで実現するという選択もできる。
変えるべき最初の信念は、自分たちが安全でもなく安定してもいない場合がありうるという信念だ。あなたがたが何者であるかを考えれば、安全と安定の喪失というのは幻想だよ.人間の基準を使えば、あなた方はもう安全と安定を喪失している.霊的な物差しを使えば、喪失することはありえない。
内的な平和は、外的な手段では実現できない.内的な平和は、自分が何者かを理解することで達成できる。内的な平和が実現していればこそ、外的な平和が可能になる.内的な平和がないとろでは、外的な平和はあり得ない。それは人類という種が何度も発見したことだ。
そしていまそれを再発見している。
全世界の外的な平和は、とてももろい.内的な平和が事実上、存在していないからだ。世界はばらばらに壊れつづけ、それをあなたがたは間違った道具(ツール)で元に戻そうとしている。信念ではなく行動を変えることで、世界をひとつに戻そうとしているのだよ。

ハンプティ・ダンプティ、堀の上
ハンプティ・ダンプティ、どすんと墜落
王様の馬が総出でも、王様の家来が総出でも、
ハンプティ・ダンプティを元にもどせはしない
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ひとびとは漠然とした恐れを抱きながらも、きっとなんとかなると思いつつ、日々を過ごしています。それはまるでガンがからだにあるのに見て見ぬ振りをしているのと同じです。そう、ハンプティ・ダンプティは落ちてしまった。この地球は平和の星というのは幻想だということに目覚めなければいけないのです。

火曜日, 1月 17, 2006

1月17日

昨日、FMちゃたんに出演したついでに、本土からちゃたん(北谷)に移り住んでいる金森太郎くんと会いました。映画「チベット・チベット」の監督で1年ぶりの再会です。若くてもさすが映画監督、沖縄社会をするどく観察する眼は尋常ではありません。沖縄には約5万人の米軍関係者がいるのですが、それ以外にも軍人ではない外国人が3万人も住んでいると聞いて驚きました。金森くんの友人にハワイからわざわざ沖縄に越してきているアメリカ人がいるそうです。そのわけを訊ねたら、たしかにハワイの自然環境は沖縄以上であるけれどハワイにはない大事なものが沖縄にある、それは「安全」だと答えたそうです。

基地と観光という産業に支えられている沖縄は、ひとつ間違えれば犯罪が蔓延する要因を抱えていることも事実です。ハワイもまったくおなじ社会環境であることをみれば納得いくはずです。それがいままで安全でありえた理由は、沖縄社会の閉鎖性にあるのではないかと思います。べつに沖縄人が意識的にそうしているわけでもないでしょうが、事実、内地からの人が沖縄社会に溶け込んで行くのは至難だとよく耳にします。地域文化と言語の隔たりがその大きな障壁でしょう。でも、だからこそ、それが沖縄の魅力にもなっているわけですね。