月曜日, 2月 11, 2008

アメリカの目隠し

ハワード・ジンはアメリカの名だたる歴史家であるとともに長年にわたる平和運動のリーダーのひとりです。ハワードの歴史観が、ほかの歴史家と異なることといえば、虐げられた人間たちにつねに寄り添った視座に徹底していることでしょう。昨日訳した以下の文章も、私たちの歴史が上から、つまり歴史を自分たちの正当化のために利用してきた時代時代の権力者たちからの視点でつくられていることに目覚めるよう指摘しています。それが、世界を支配しているアメリカのことであれば、影響はまさにグローバルです。彼がアメリカでこのような声を投げかけている事実に、アメリカ良識派の健在ぶりに安堵するとともに、そのパワーにも感嘆させられ、うらやましく思います。

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 アメリカの目隠し

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いまでは、ほとんどのアメリカ国民が戦争に反対し、ブッシュ政権を信じていないし、あまりにも多くの嘘がばれて、(ブッシュ政権の音頭取りをしてきた)主要メディアでさえもうんざりしているほどだ。

そこで疑問は・・・・どうしてこれほどに多くの人びとが簡単に騙されてしまうのか?
この質問は重要だ、なぜならアメリカ人が、メディア関係者も一般人も、大統領がイラクに向かって送った軍隊がまだ地球を半周しているときに、急いで戦争を支持した理由を理解する助けになるからである。

マスコミの無邪気さ(もっと正確には卑屈さと言うべきだが)を示す一例として、イラク侵略の一ヶ月前の2003年2月に国連安全保障委員会で行ったコリン・パウウェルの演説への反応があるが、そこで言われたことは嘘の多さでは記録的でもあろう。

パウウェルはそこで、数々の証拠を自信たっぷりに並べ立てたのである。衛星写真、証拠録音テープ、情報提供者の報告、化学兵器用の資材が詳細に何ガロンあるとか、である。

それに対して、ニューヨークタイムズは息を切らさず絶賛した。ワシントンポストの社説は「反論不可能」との見出しで、「パウウェルの発表以後にイラクが大量破壊兵器を持っていることを疑うものはまずいないだろう」と書いた。

私は、これにはふたつの理由があると思う。それは国民的文化に深く根ざしているが、それによって、何十万人もの死をもたらす結果になるとんでもない嘘に報道と市民がいともたやすく騙されることの説明がつくだろう。私たちがこれらの理由を理解できれば、騙されることを防げるだろう。

そのひとつは、時間の概念、つまり歴史的史観の欠如であり、もうひとつは、空間的想像力の欠如、つまり、ナショナリズムを越える地域への思考力の欠如である。私たちは世界の中心で、高潔で立派で優れた国民だという高慢な考えに捉えられているのである。

歴史を知らなければ、私たちは政治家たちやかれらに追従する知識人やジャーナリストの餌食になってしまう。わたしの言う歴史は、建国の父たちから昨今の大統領という政治的指導者たちに従うための歴史ではない。本当の過去の歴史である。

(真実の)歴史をしらなければ、どんな大統領でもずらりと並んだマイクロフォンに向かって、戦争を始めなければならないと宣戦布告できるし、それに対して私たちは何もできないのである。大統領は、国家が危機に瀕している、民主主義と自由が奪われようとしている、だから敵をやっつけに戦艦と戦闘機を送らなければならない,と言うだろう。しかし、私たちは彼を疑う根拠がないのである。

しかし、歴代の大統領がいかに多くの同様な宣戦布告を繰り返し、そしてそれらが後で嘘だと分かって来たか、という歴史を知っていれば、私たちは騙されないだろう。なかには自分はぜったい騙されないという者もいるだろうが、権力者の偽りから市民を守るという市民の義務は引き受ける必要があるだろう。

ポーク大統領が1846年のメキシコとの戦争で嘘の理由をついたことを知る必要がある。メキシコがアメリカ領土内でアメリカ国民を殺したからではなく、ポークと奴隷所有者の特権階級がメキシコの半分を欲しかっただけだ。

マッキンレー大統領が1898年にキューバに進攻したのは、キューバ人をスペイン支配から解放するためではなく、本当はスペインを追い出して、アメリカのユナイテッドフルーツなどの企業のためにキューバを市場化したかったためだ。彼はフィリピンでの戦争でも同じような嘘をつき、フィリピン人の民権化のためと称してフィリピン戦争を開始したが、じつは、太平洋での重要な覇権領土を得るためであり、そのために何十万のフィリピン人が犠牲になった。

ウッドロー・ウィルソン大統領は、よく歴史書には「理想家」と引き合いにされているが、第一次世界大戦の参戦理由を「民主主義のための安全な世界をつくため」と言ったが、西欧帝国主義諸国のための安全保障世界を実現するためであった。

ハリー・トルーマン大統領は、広島に原爆を落とした時、「軍事目標だった」と嘘をついた。

ベトナム戦争でもみんな嘘をついている。ケネディ大統領はアメリカの介入について、ジョンソン大統領はトンキン湾事件で、ニクソン大統領は秘密裏のカンボジア爆撃について・・・・すべて南ベトナムを共産主義から守ると言う口実であったが、真相は南ベトナムを東南アジアでのアメリカの前哨基地にしたかっただけである。

レーガン大統領はグレナダ侵攻をアメリカへの脅威だという口実で嘘をついた。

父ブッシュ大統領は、パナマ侵略で嘘をつき、パナマ市民を何千人も死に至らしめた。かれは1991年のイラク攻撃でも、クウェートの主権を守るという口実で嘘をついたが、それはむしろ石油資源豊かな中東でのアメリカ利権を確保するためのものであった。(だいたいブッシュが、イラクのクウェート占領にこころを痛めているなどだれが信じるだろう?)

これらの戦争を正当化する嘘の歴史を並べ立てれば、若いブッシュがイラク侵攻の理由をなんだかんだとあげても誰も信じる者はいないであろう。石油のためにいのちを投げ出すなど誰でも本能的に反抗するのではないだろうか?

歴史をじっくり読んでみれば、また別の角度から騙されることがないだろう。それは政府と国民のあいだには常に、今日でも、多くの対立が存在してきたことである。この考えには多くの人が驚くが、それは私たちが教わって来たことと反するからである。

私たちは、初めから、建国の父たちが憲法前文に書いたように、「われわれ市民」が革命で新しい政府を樹立した、と信じさせられている。
優れた歴史家であるチャールズ・ベアードが100年前に合衆国憲法は労働者や奴隷たちのためでなく、奴隷所有者や商人、債権者たちのために書かれていると発言すると、ニューヨークタイムズは怒りの社説でかれを槍玉にあげた。

私たちの文化は、その言葉でいみじくも言っているように、私たちがすべてお互いに共通の権利を有していることを認めるよう要求している。身分制度など語ってはいけない。それはマルキストが言うことだと。しかし、「建国の父」ジェームス・マディソンはマルクスの生まれる30年前に、社会には財産を持つもの持たざるもののあいだに闘争があるのは避けられないと述べているのである。

私たちの今の指導者たちはそのようにはっきりとは言わない。かれらは「国家主権」、「国家安全保障」、「国家防衛」などの言葉をわれわれに投げかけるが、それはあたかも、それらの語句の内容がわれわれ全員に、有色人種や白人、富裕層や貧困層に平等に当てはまるかのようであり、あたかもジェネラルモーターズやハリバートンがわれわれと同等の利権を有しているかのようであり、また、あたかもジョージ・ブッシュがかれのお陰で戦争に送られる若い青年たちと同じ利権を有しているかのようである。

この国には異なる利権の階級が存在すること。それこそ、確かに、国民に対する嘘の歴史で最大のものである。国民から隠された秘密の歴史で最大のものである。それを知らないこと、つまり私たちの国の歴史は、奴隷に対する奴隷所有者、借家人に対する大家、労働者に対する企業、貧困層に対する富裕層の歴史であることを知らないことは、権力者たちによる嘘の前に私たちをますます無力にさせることになるのだ。

もし私たち市民が、三権分立の抑制と均衡を装う大統領、議会、最高裁判所にいる人間たちが本当のところは私たちとは違う利権で動いていることを理解し始めれば、私たちは真理への道に向かうであろう。それを知らなければ、私たちは徹底的に嘘をつく輩たちのまえになす術がないだろう。

合衆国がとくべつに道徳的な国家であるという深く染み付いた信念、それは生来のものではなく教育システムと私たちの一般的な文化からきているのだが、があるために私たちはとくに政府の嘘に騙されやすくなっている。

それは小学校1年生から早くも始まり、私たちは(意味も分からないのに)「国家への忠誠」を誓い、「すべての自由と正義」の国家であることを宣誓させられる。さらに球場とかの場所で、いくつもの儀式があって、「星条旗よ永遠なれ」を唱い、「自由の国、勇者の郷」だと宣言するあいだ立ち上がってお辞儀をすることになっている。
また非公式の国歌「神の祝福するアメリカ(God Bless America)」という曲があるが、世界人口のわずか5%にすぎないこの国だけがなんで特別に祝福を受けるのかともし訊いたら、疑いのまなざしで見られるだろう。

もしあなたが周りの世界の国々と比べるときに、この国は神から天賦された特質があり、そのために地球上の他の国より道徳に優れているという信念から始まるのなら、大統領が、われわれの価値観、つまり民主主義、自由、そして忘れてはいけない自由企業経済を世界の神から見放されている地域に行き渡らせるために、私たちの軍隊をあちこちに送って爆撃すると言っても疑問に思うことはないであろう。

だから、他の国々の市民だけでなく、アメリカ国民にとっても破壊的な政策から私たち自身と仲間たちを守ろうとするなら、特別な道徳的な国家という考えを糾す事実に向き合う必要がある。

そのような事実は私たちにとってきまり悪いことであるが、正直でありたいのなら向き合わなければならない。何百万人のインディアンを殺戮でかれらの土地から追いやった長い民族浄化の歴史に向き合わなければならない。
そして、いまだ終わっていない、奴隷制、人種差別の長い歴史。カリブ海と太平洋での帝国主義征服の歴史、ベトナム、グレナダ、パナマ、アフガニスタン、イラクなど我が国の10分の一にも満たない小国に対する恥ずべき戦争の数々の歴史に向かい合わなければならない。そして消えることのない広島と長崎の記憶。どれも誇りにできる歴史ではない。

私たちの指導者たちは、私たちの道徳観が優れているので世界支配は当然だと考え、その信念を多くのひとびとに植え込んで来た。
第二次世界大戦の終わりに、ヘンリー・ルースはタイムとライフとフォーチュンのオーナーにふさわしい高慢さで、これを「アメリカの世紀」と呼び、戦争の勝利によって合衆国は「われわれがふさわしいと思う目的で、ふさわしいと思う方法で、世界にわれわれの影響力を最大限に行使する権利を得た」と語った。

共和党と民主党もこの考え方であった。

ジョージ・ブッシュは、2005年1月20日の就任式演説で、世界に自由を広めるのは「われわれの時代の要請」だと言った。
それに先立つ1993年、ビル・クリントンはウエストポイントの始業式典でこう言った。「君たちがここで学んだ価値観を・・・・この国中に、世界中に広め、君たちが享受してきたようなチャンスをほかの人びとにも与え、君たちが神から授かった能力を全うできるだろう」

私たちが道徳的により優れているという根拠はどこからくるのだろうか?世界の他の人びとに私たちがとっている態度でないことは確かである。アメリカ国民の暮らしぶりが良いということだろうか?

世界保健機構(WHO)が200年に国別の全体的健康状態のランク付けをしたが、アメリカは個人あたりでの健康管理予算がどの国よりも多いのにもかかわらず、リストの37位であった。

この世界でもっとも豊かな国では5人にひとりのこどもが貧困層に生まれている。幼児死亡率の少なさでは40以上の国々がアメリカを上回る。キューバでさえだ。そして世界でもっとも囚人数が多い、200万以上、というのは、社会が病んでいるたしかな証拠である。

私たちが自分たちの国をより正直に評価することができれば、今度世界のどこかでまた私たちの軍事力を行使しようというときに使われる嘘八百に騙されないであろう。

また政治を握る嘘つきたちと殺人者たちから私たちの国を取り戻すことで、私たち自身の異なる歴史を創造しようという気持ちが起こり、また、国粋主義的な傲慢さを否定することで、平和と正義という共通の目的の元に他の世界人類とも一緒になれるだろう。

                                     プログレッシブ・マガジン(2006年4月号)より

(訳文責:森田 玄)

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