火曜日, 5月 02, 2006

5月2日

世の中が激しい勢いで変化しています。これに気づかない人はよほど呑気かあるいは達観しているのでしょう。そのなかで最近眼にとまった問題は、政府が押し進めようとしている教育基本法の改正(改悪?)です。いまなぜ改正する必要があるのでしょうか。ここに中央教育審議会という政府の諮問委員会による答申があります。これが改正案の基本的な理由になっているのです。

『今日,我が国社会は,大きな危機に直面していると言わざるを得ない。国民の間では,これまでの価値観が揺らぎ,自信喪失感や閉塞(そく)感が広がっている。倫理観や社会的使命感の喪失が,正義,公正,安全への信頼を失わせている。少子高齢化による人口構成の変化が,社会の活力低下を招来している。長引く経済の停滞の中で,多くの労働者が離職を余儀なくされ,新規学卒者の就職は極めて困難となっている。
このような状況を脱し,我が国社会が長期的に発展する礎(いしずえ)を築くために,戦後の我が国社会を支えてきた政治,行政,司法や経済構造などの基本的な制度の抜本的な改革が進められている。教育は,我が国社会の存立基盤である。現在あるいは将来の我が国社会が直面する様々な困難を克服し,国民一人一人の自己実現,幸福の追求と我が国の理想,繁栄を実現する原動力たり得るものは,教育をおいて他(ほか)にない。我が国社会が,創造性と活力に満ち,世界に開かれたものとなるためには,教育についても,これら一連の改革と軌を一にして,大胆な見直しと改革を推進していかなければならない。 』

これを読んで、いったいどうして教育基本法をわざわざ変える必要があるのかと疑問に思わざるを得ません。この答申では、『国民の価値観が揺らぎ、自信喪失感や閉塞感が広がっている。』として、それの解決には、政治経済などの改革とともに教育も改革しなければならないと主張しています。どうして教育も変えなければいけないのでしょうか。大体、「倫理観や社会的使命感の喪失』は現行の教育がよくないからだと言いたいのでしょう。そうかもしれません。でもそうだとしても、それは今の教育が本当に教育基本法に則ったものになっていないからであって、それを教育の場で実現させる義務を負っている政府・官僚の責任ではないでしょうか。つまり、自分たちの怠慢によって現在のような困難を導いておきながら、それを教育基本法という法律に責任転嫁しているにすぎないのです。

現行の教育基本法の抜粋を読んでみましょう。括弧内の文章は私の個人的意見・感想です。

○教育基本法
昭和二十二年三月三十一日
教育基本法
   われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。
   われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。
   ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。
(素晴らしい前文ですね。これだけ人間性の高い法律は世界にも類がないでしょう。9条とともに日本の誇りです)
 
第一条(教育の目的)   教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。
 
第二条(教育の方針)   教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によつて、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。
(この学問の自由がいま権力によって犯されようとしています)
 
第三条(教育の機会均等)   すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであつて、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によつて、教育上差別されない。
 
第四条(義務教育)   国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う。

第五条(男女共学)   男女は、互に敬重し、協力し合わなければならないものであつて、教育上男女の共学は、認められなければならない。
 
第六条(学校教育)   法律に定める学校は、公の性質をもつものであつて、国又は地方公共団体の外、法律に定める法人のみが、これを設置することができる。

   法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であつて、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない。
(本当です)
 
第七条(社会教育)   家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育は、国及び地方公共団体によつて奨励されなければならない。

   国及び地方公共団体は、図書館、博物館、公民館等の施設の設置、学校の施設の利用その他適当な方法によつて教育の目的の実現に努めなければならない。
(いま地域で起きていることは、学校閉鎖や統合、幼稚園や保育園の予算削減(人員削減)など、まったく 国及び地方公共団体は、その義務をはたしていません)
 
第八条(政治教育)   良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない。

   法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。
 
第九条(宗教教育)   宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位は、教育上これを尊重しなければならない。
   国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。
(戦前は東大の学生がそろって靖国神社参拝などしました。)
 
第十条(教育行政)   教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。
( 国及び地方公共団体の不当な支配がいま問題です。教育基本法改正はさらにこの支配を強化することになるのです。それは教育の根本理念である、教育の独立性、自由を奪うことになります)
   教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。

以上

ここに書いてあることが本当に実施されたらそれこそ日本は素晴らしい、理想の国になるでしょう。いま、やるべきことは教育基本法を改悪して教育を官僚支配のもとにさらすことではなく、この現行の教育基本法をわたしたち親が大人が本当に責任をもって実践していくことではないでしょうか。

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